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おきな 
オキナ…その崇高さ…

とうとうたらりたらりら…

『翁』とは…其の概要…

言うもでもなく、三番叟は能楽の『翁』の後半部分である…。
狂言方が担当するのである…。
此処では、その『翁』について些か考えて参りましょう。どうなるやら…。
古来より、この『翁』は一般の能楽の演目とは切り離して別格視されております。
『翁』は、能にして能に非ず、『天下泰平国家安穏の祈祷なり』と称せられ、演奏の形式も全く他曲とは異なる。
『翁』は『翁猿楽』または『式三番』とも呼ばれて、古風な様式を持つ能楽のルーツともいえるもの・・・。
『翁』は劇(芝居)としてではなく、儀式として演じられるのである。
舞台上に神が出現し、祝福をもたらすという性格を持っているのである。
それがため、演者も演技をするというよりも、神事に奉仕するといった祝祷の儀式なのである…。
この『翁』にはストーリーというものはない。
登場する人物…(いや神か?)其々が其々に寿ぎの舞を舞うのである…。
それは千歳之舞翁之舞、そして三番叟之舞と、これら三つの舞から成立しているのであって、しかもその三つの舞をただ単に並べているだけであって、筋の展開もなければ、結末へ結びつくものもない。
全て関連のない舞なのである。
それ故にこの舞台の鑑賞するべき点は、次に挙げるところにある。
@ 千歳の直面の舞(露払い)
A 翁の仮面(白色尉)を掛けての舞
B 三番叟の前半(揉ノ段)は直面で後半は(鈴ノ段)は仮面(黒色尉)を掛けての舞
この三つの舞が其々独立して舞われているが、その対照上にあるこれらの舞を神聖視することに現われる演出の精神が、その三種の舞を総合的に集約して『天下泰平・國土安穏の祈祷なり』とならしめるところに主題があると考えるべきであろう。
また同時にそれ自体が不老長寿の祝福をも意味するものであって、その祝福は『翁』を観る者に対してだけでなく、『翁』を演じる者たちに対しても与えられているのである。
そういったお目出度い内容であるから、この謳いも吟唱が荘厳な調子になるよう要求されるのである。
また登場する三者も其々の風格を持つもので、それをよく考えて全体の祝祷芸に発展させなければならないのである。
最初に舞う千歳は、颯爽たる若々しい特徴を持たせ、翁そのものには、粛々と玄妙高古たる特徴を持たせ、狂言方の領域になる三番叟には、多少の飄逸的な特徴を持たせるといった区別はあっても、本筋に於いて一貫とした祝祷的本意に裏付けられていることをよく鑑みてそれに適応した品位を第一に考えるのである。
もう此れに到っては、技量や技術というより、精神から現われるものなのかもしれない・・・。
それでは、『翁』の舞台を観て参りましょう…。

『翁』
はあくまでも神事芸です。
厳粛に神事を執り行うには、開演前から厳格に精進潔斎された演者たちが、心安らかに鏡の間にて出番を待っているのである。
また、それ以上に観客にしても、開演前後の会場への出入りすら禁止されるのである。
全てが、神聖なる空気の中で執り行われる祝祷芸なのである。
登場人物は四人である。
登場順に言うと…。
・面箱持(翁の白式尉面、三番叟の黒色尉面と鈴が入っている):狂言方が演じる。
・翁:シテ方が演じる。
・千歳(千才の老人という意):シテ方が演じるが、流派によっては面箱持が兼ねる。
・三番叟(三番目に出てくる老人という意):狂言方が演じる。大蔵流は『三番三』と記す。
※シテ方には五流派あり、上掛に観世流、宝生流があり、下掛に金春流、金剛流、喜多流がある。
 すなわち『翁』を演じるシテ方の流派によって、千歳の役が変わるのである。
 上掛の流派の『翁』の場合はシテ方が千歳を演じるが、下掛の流派の『翁』の場合は、
 狂言方の面箱持が千歳を兼ねるのである。

『翁』の舞台…其の全容…

『翁』の舞台の話を進めていく上で、此処では観世流の『翁』で進めさせて頂きます。

鏡の間には祭壇が設けられ、その最上段には御神体すなわち翁面を納めた面箱を祀り、神酒や洗米が供えられる。
鏡の間の四方と舞台に向かって切り火を打って清める。
出演者一同は、登場の前に鏡の間に列座して、神酒を頂くなどの清めの祭儀を先ず行なうのである。
この一連の儀式は簡略化される場合もあるが、今尚厳格に行なわれるのは『翁』を如何に神聖視しているかということを如実に現しているのである。

揚げ幕が上がる…。
狂言方の面箱持を先頭に立て、シテのツレ千歳狂言方三番叟囃子方シテ方後見地謡方狂言方後見を率いて橋掛かりから順次登場する。
先ず翁の役者のシテが舞台中央正面先で座して深々と礼をする。
この間一同はまだ舞台に入らず橋掛かりに座している。
シテが舞台右奥(笛柱前)に移り、座す。
面箱持が手にしていた面箱をシテの前に置き、蓋をはずしとり、面を取り出す。
シテが、祝言を謡う。
『とおとおたらり たらりら・・・』
地謡と掛け合い、謡いつづける。
やがて、脇座で平伏していた千歳が『鳴るは瀧の水・・・』と謡いだし、舞台中央奥へ向かい、『絶えずとおたり・・・』と千歳之舞をはじめる。
颯爽とした若者の舞である。。
千歳之舞はこのあとに続く、翁之舞の言わば露払い的性格を兼ね合わせている。
この間、シテは白式尉面を舞台上で前を向いたまま着け『翁』になるのである。
千歳之舞が終わると翁は立ち上がり、翁之舞へと続く。
祝言の謡と祝いの舞である。
『總角やとんどや・・・』と謡いだし、『坐していたれども・・・』と扇を開いて立ち上がる。
『参ろうれんげりやとんどや・・・』で舞台中央奥へ移る、其処へ三番叟も立ち上がり、翁と合わせて一礼。
翁が正面を向いて前進すると、三番叟は元いた後見座へ下がる。
『ちはやぶる・・・』と翁が謡い始め、祝言の舞が厳かに舞われる。
『天下泰平國土安穏』と祈祷の心を謡い上げる、翁之舞である。
神楽とも称されるほどで、天地人の三才の拍子などの秘事がある。
翁が舞い上げたあと、『萬歳樂』『萬歳樂』『萬歳樂』と謡い納めると、扇を畳み元の座に帰って、面を外して面箱に納める。
シテは最初と同じように舞台中央正面先で座して、恭しく礼をし、千歳を引き連れて橋掛かりから幕へと向かう。
此れを特に『翁帰り』と称し、この『翁』の能楽の部分は此れで終了となり、此れ以降は三番叟之舞からなる狂言方の領域となる。
『翁』の前半の能楽部分が、千歳之舞翁之舞と二場面からなるのと同様に、後半の狂言部分の『三番叟』も、『揉ノ段』『鈴ノ段』の二場面からなる。
『おおさへおさへ・・・』と三番叟が謡いだして『揉ノ段』がはじまる。
直面の三番叟が、リズミカルで躍動感溢れる舞を舞う。
『烏飛び』で代表されるように、台地を踏みしめることに重きが置かれている。
この事が地霊を鎮めることにつながり、農耕民族たる所以を現している。
『揉ノ段』が終わると三番叟は黒色尉の面を着ける。
面箱持との問答へと続く。
如何にも狂言らしい問答である
三番叟が面箱持から神楽鈴を受け取ると、其処から後半の『鈴ノ段』となる。
黒色尉面を着けた三番叟が右手に鈴、左手に開いた扇を持って舞う。『揉ノ段』と打って変わって、物静かな祝いの舞となる。
舞が終わると三番叟は元の位置に戻り、面を外して静かに退場するのである。

『翁』はそれ自体が
お目出度い演目である。
お正月には各能楽堂では必ずと言っていいほど演じられ、また新しく竣工された能楽堂でも此れを先ず演じて柿落としとする慣わしになっている。
それは、古来より神聖視されており、そのように大切にされてきたこの祝祷芸は、神事能や勧進能などの所謂、『ハレ』の舞台においては必ず最初に演じられるのが決まりであった。
能楽と狂言は、室町時代に生まれ育った芸能であるが、戦国・桃山時代を経て、江戸時代になるとその地位は固定化して『古典芸能』となったのである。
そして徳川幕府によって『式楽』と定められるに到ったのである。
幕府は自らの儀式・年中行事に際して、能楽を公式に上演する時には、先ず最初に『翁』を演じ、つづいて能を五番、その合間に其々狂言を四番、そして最後に締め括りとして祝言を附けるのが決まりとなったのである。
この能楽の一日の流れとなった形を『翁附能五番狂言四番』、またはただ単に『五番立』と呼ぶようになったのである。

※『五番立』とは…

この謡曲の『神歌』は、『翁』すなわち『式三番』のシテ方の曲の詞章である。
『式三番』は元々仏教寓意のものであったが、室町時代の中頃に吉田神道と結合して、翁を天照大神に千歳を戸隠明神に三番猿楽を春日明神に擬して舞うものだという解釈を取り入れるに到った。
それ故に『翁』の詞章を『神歌』と唱えるようになったのである。
『翁』には、初日之式二日目之式三日目之式四日目之式と其々文句の変わりなどが御座います。
今現在、常の演じられているのは四日之式で御座います。
それ以外にも、十二月往来父の尉延命冠者法会の式などが御座います。

とりあえず、此処では、常に演じられている『四日目之式』を題材に記して参ります。

通常の能では、シテは幕内で面を着け、一つの役柄となって舞台に登場するのだが、この『翁』に到っては、先ず演者はあくまでも『人』として舞台に登場して、舞台上で面を着けることによって、『神』に変身するということを見せるのである。
通常能の囃子は笛、小鼓、大鼓、そして曲によって太鼓といった構成によるが、この『翁』ではこの曲に限り小鼓は、頭取と左右の脇鼓といった三人の連調になる。
翁の舞が終わり『翁帰り』までは、笛と小鼓三人だけで囃すことになる。
つづく三番叟になってから大鼓が加わるのである。
小鼓は、頭取と脇の二人が異なったパターンを打ち、独特であり、且つ複雑なリズムを刻んでいくのである。
地謡も『翁』に限って、いつもの舞台右奥の地謡座ではなく、舞台後方の囃子方の後ろに座るのである。

このように全て特別な形で演じられる『翁』は、能楽の中でも特別な神聖な演目なのである。
それでは先ず、その『翁』の謡曲である『神歌』と、それにつづく三番叟の『問答』を次に考察していきましょう。

神 歌(附、三番叟問答)

四日目之式

シテ とうとうたらり たらりら ※1
たらりあがり らゝりとう
地謡 ちりやたらり たらりら
たらりあがり らゝりとう
シテ 所千代までおはしませ ※2
地謡 我等も千穐さむらはう ※3
シテ 鶴と亀との齢にて ※4
地謡 幸ひ心にまかせたり
シテ とうとうたらり たらりら
ちりやたらり たらりら
たらりあがり らゝりとう
ツレ 鳴るハ瀧乃水 ※5
鳴るハ瀧の水 日ハ照るとも
地謡 絶えずとうたり ありうとうとうとう ※6
ツレ 絶えずとうたり 常にとうたり

千歳之舞
ツレ 君の千歳を経ん事も 天つ少女の羽衣よ ※7
鳴るハ瀧乃水 日ハ照るとも
地謡 絶えずとうたり ありうとうとうとう

千歳之舞(此処まで)
シテ 總角や とんどや ※8
地謡 尋ばかりや とんどや
シテ 坐して居たれども

翁之舞
地謡 參らう れんげりや とんどや
シテ ちはやぶる 神乃ひこさの昔より ※9
久しかれとぞ祝ひ
そよやりちや ※10
シテ およそ千年乃鶴ハ
萬歳樂と謳うたり ※11
また萬代の池乃龜ハ ※12
甲に三極を備へたり ※13
渚乃砂
さくさくとして 朝乃日の色を瓏じ ※14
瀧の水
玲々として 夜乃月あざやかに浮かんだり ※15
天下泰平
國土安穏
今日乃御祈祷なり
ありはらや  ※16
なぞの 翁ども
地謡 あれハ なぞの翁ども
そやいづくの翁とうとう
シテ そよや ※17

翁之舞(此処まで)
シテ 千穐萬歳の 喜び乃舞なれば
一舞舞はう 萬歳樂 ※18
地謡 萬歳樂
シテ 萬歳樂
地謡 萬歳樂


翁帰り

此れより以下、狂言方になり…


三番叟之舞 『揉ノ段』
三番叟 おゝさへ おゝさへ 喜びありや 喜びありや
我がこの所より 外へはやらじとぞ思ふ

烏飛び
三番叟 エイ エイ エイ イヤー ハッ

問 答
三番叟 あゝら目出度や 物に心得たる アドの太夫殿に
そとげんそう申さう
面箱持 丁度參って候
三番叟 誰がお立ちにて候ぞ
面箱持 アドと仰せ候程に 某随分物に心得たると存じ
おアドの為に罷り立つて候
三番叟 ホゝウ
面箱持 今日の御祝儀を 千穐萬歳と目出度きやうに
舞ふておりそへ 色の黒い尉どの
三番叟 今日の御祝儀を この色の黒い尉が
千穐萬歳と目出度いやうに舞ひ納めずる事は
何より以って安う候 先づアドの太夫殿には
元の座敷へおもおもと 御直り候へ
面箱持 某座敷へ直らふずる事は 尉どのの舞よりいと安ふ候
先づ御舞ひ候へ
三番叟 先づ御直り候へ
面箱持 先づ御舞ひ候へ
三番叟 イヤ 只御直り候へ
面箱持 アラ目出度や さあらば鈴をまゐらせふ
三番叟 アラ やうがましやナ

三番叟之舞『鈴ノ段』

この『鈴ノ段』には、謡いや台詞はない…。ただ静かに舞うのみである。


『翁』とは、だいたいこういった演目である。
三番叟は、そのなかの後半部で一番躍動的で、且つ荘重な舞踊である。
それ故、狂言の三番叟だけが独立して舞われることも多いのである。
その三番叟が歌舞伎に、はたまた人形浄瑠璃にと転用されて、現在の数多に及ぶ三番叟舞踊へと発展していったのである。

    

『翁』の世界…其の意味…

些か繰り返しになりますが・・・演じる者立ちの心構えを、もそっと詳しく参りましょう・・・。
『翁』は古来より最も神聖なるものとして崇敬されてきた神曲です。
それ故にその役に就く者は精進潔斎し、『別火』をして謹慎を守って相勤めます。
(別火とは、役に就く者が上演前の一定期間、炊事や暖房の火を別にすることを云う。)
式樂とされていた江戸時代には幕府の大禮、現在は正月の初会、または追善、舞台開きなどには必ず勤められます。
当日は『翁飾』と称えて、鏡の間に翁の面を神体の如く安置し、神饌を供えます。
先ず『翁』に出るもの全てが装束を着けて、一同にお神酒を頂き、身を清め、鏡の間の式を終わります。
あくまでも厳格なる儀式です。
この儀式の間でも、観客は会場への出入りを禁止されるのである。
各々の着用する装束は次のとおりとなる。

シテ  直面、翁烏帽子、襟白二、着附白厚板、翁狩衣(蜀紅露白)、
指貫込大口(紫、薄紫、浅黄の類)、緞子腰帯、翁扇、後に白式尉面
ツレ  千歳(シテが下掛の場合は狂言方) 直面、侍烏帽子、襟赤一、着附紅色段厚板、千歳直垂上下(込大口)、
小刀、神扇
狂言方 三番叟 直面 侍烏帽子、直垂上下(込大口)、厚板、後に剣先烏帽子、
黒色尉面、神扇、鈴
面箱持(シテが上掛の場合のみ) 千歳と同じとする。面箱(白式・黒色尉面及び鈴を容れる)、神扇
          その他、囃子方、後見、地謡一同、烏帽子素襖である。

出演者一同が烏帽子を被って、鏡の間でお神酒を頂いて身を清めるのである。
翁の狩衣、千歳、三番叟の直垂といい、後見や囃子方、地謡の一同までが素襖と云った最高の装束を着るのである。
それだけ内面も外見も厳粛に神聖に執り行うのが、この『翁』なのである。
  大変である・・・。はぁ。                              
そう言った演目であるのだからこそ、お目出度いのであり、厳粛なのである。
最高の演目だから・・・。
もしお正月にこの『翁』を演じる能楽堂があれば、是非とも観て頂きたいものである。
神社仏閣での奉納舞もあれば、能楽堂での初能会もあります。
どちらにしても演じるものたちが、此れほどの精進して演じる祝祷芸なので、機会があれば是非とも・・・清々しい気持ちになれますよ。
次はこの『翁』の内容について、もそっと掘り下げてみたいと思います。
 はっきり言って、もう難しいですが頑張って参ります。
先ずは、この『翁』の発生についてです。
『三番叟之段』のトップ頁にも書いていますが、この『翁』が文献に初めて現われたのは平安中期の村上朝にまで遡る
その昔は、『翁猿楽』と称しており、まだまだ能楽の成立しない滑稽猿楽の時代であった。
平安時代の猿楽の一種に『呪師』と称する者があり、大寺院などに隷属して歌舞を中心とした宗教的な物真似芸を演じて、法会の際にはその余興を謹仕するのであった。
その『呪師』が勤めていた芸能の一つが、今で云う『翁』の演技に繋がるのである。
後世に到っても、『翁猿楽』即ち『式三番』を『呪師走』といった呼称で呼んでいた記事があるのは、『翁猿楽』は『呪師』の徒の演じるものであったという名残であろう。
『翁』に関しておもしろい文献がある。
それは、天台座主忠尋僧正の作と伝えられる法華五部九巻書に『翁』について書かれているのである。

口傳云、本朝猿樂田樂序、顯出法深義、昔南都維摩會、聚諸宗碩コ、安立法性眞理、爲顯眞俗二諦悉是妄法、爲顯十界六道無實體、造戲論妄儀、驚道俗耳目、其次第、父叟形佛、翁形文殊、三番形彌勒。
其序曰、
千里也多樂里、多樂有樂、多樂有樂、我利々有、百百百、多樂里、多樂有樂。
佛法還世法彌貴、世法歸佛法爲其體。然彼猿樂正□、表釋迦一代佛菩薩利生化物變現自在、衆生生死流浪相貌也。

□で表している部分は、『暇』(あくまでも例ですこの漢字に関係ありません)から、『日』を取った漢字であり、常用漢字ではないので、変換できません。
注釈文から見ますと、聲歌の当て字であるらしいです…。
 漢字ばっかりですが・・・まぁ、読み下し文を付けましょうか。
『口伝云う、本朝猿楽田楽の序に、法の深義を顕し出す、昔南都の維摩会に、諸宗碩徳を聚め、法性の真理を安立するに、真俗二諦悉く是妄法なることを顕さんが為めに、十界六道実体無きことを顕さんが為めに、戯論の妄儀を造り、道俗の耳目を驚かす、其の次第、父叟は仏を形り、翁は文殊を形り、三番は弥勒を形る。其の序に曰く、
チリヤタラリ、タラアリラ、タラアリラ、ガリリアリ、トウトウトウ、タラリ、タラアリラ

仏法は世法に還て弥み貴く、世法は仏法に帰るを其の体と為す。然るに彼の猿楽の聲歌は、釈迦一代仏菩薩利生物変化自在、衆生生死浪相貌を表す成り。』

と…、あります。
これが最も古い『翁』の記事だとされています
これによれば、碩徳の僧が、仏法の真義を顕すために戯れに考案したものであって、即ち面白おかしく仏教の有り難味を庶民に説く手段として考えられたのであろう。
それによれば、父尉は釈尊を形どり、翁は文殊菩薩を三番は弥勒菩薩を其々形どったものであり、其の構成の背景には法華経の説く仏教世界が存在しているのである。
而してこのような仏教寓意の歌舞を、『呪師の徒』をして演じさせてたのが、『翁猿楽』の初めであろう。
『翁猿楽』の黎明期は父尉→翁→三番申楽の順で舞っていたのであるが、鎌倉中期頃からは、既にこれに延命冠者と露払い役の稚児が加わって順序が変更されて次のような形式と成る。
稚児三番申楽冠者父尉                                
しかし、時を経て世阿弥の時代となると、
露払三番申楽                                          
といった三番立てのものになる。冠者や父尉は普通登場しないようになる。
その後、露払が千歳と呼ばれるようにいたり、現在伝えられている『翁』の形式になるのである。
次に、この『翁』の謡である『神歌』についていろいろと考えて参ります。
まぁ・・・一番問題なのは、アレです。そう・・・。

♪ とうとうたらり たらりら たらりあがり ららりとう・・・ ♪

はっきり言って、訳わかりません。
長唄で、「とうとう」が、「どうどう」で・・・滝の音が云々はありますが、此れはチト違う。
 謡の右横の※マークにも連動するように解説して参ります。
※1 とうとうたらり たらりら・・・
法華五部九巻書には、この文句を猿楽のショウカ(聲歌の意)だとし、即ちそれは笛鼓や篳篥や笙などの楽譜を口で謡い唱えることである。
また、この文句は仏法の深義を顕し出すものとしるしているから、ある意味仏教の陀羅尼的な性格を持ち合わせているであろう。
それに従って、陀羅尼的な要素を持ち合わせた聲歌と考えるのが妥当である。
さて、今現在の『神歌』の謡い方は法華五部書にしるされている、
 チリヤ  タラリ   タラアリラ  タラアリラ  ガリリアリ トウトウトウ  タラリ   タラアリラ
千里也 多樂里 多樂有樂 多樂有樂 我利々有 百百百 多樂里 多樂有樂
という形式が、区切りが変わって・・・、
 チリヤタラリタラアリラ     タラアリラガリリアリトウ   トウトウタラリタラアリラ
千里也多樂里多樂有樂 多樂有樂我利々有百 百百多樂里多樂有樂
 
といった区切りになり、さらにその順序が入れ替わって…、
 トウトウタラリタラアリラ   タラアリラガリリアリトウ   チリヤタラリタラアリラ
百百多樂里多樂有樂 多樂有樂我利々有百 千里也多樂里多樂有樂
となり、それに第二節を繰り返して第四節に加えた形となり、のち崩れたのであろう。
 トウトウタラリタラアリラ   タラアリラガリリアリトウ   チリヤタラリタラアリラ     タラアリラガリリアリトウ 
百百多樂里多樂有樂 多樂有樂我利々有百 千里也多樂里多樂有樂 多樂有樂我利々有百
次のようになります・・・。
『とうとうたらりたらりら たらりあがりららりとう ちりやたらりたらりら たらりあがりららりとう』
まぁ・・・此れで先ず『とうとうたらり・・・』の由来がわかりましたが、ではどういう意味なんでしょうか?
これまた法華五部書の左傍訓にこう書かれてある・・・。
『ちちの里なる楽しみ大き里は・・・』云々とある事と、、それと此れが法華経序品に附けられた口伝の一部である事から考えて、法華経序品の謂うところの仏の眉間白毫の光によって照らし出された東方萬八千の仏国土に対して、文殊や弥勒の礼賛した内容の意を含ませたものであるらしい事が推察される。
といってもあまりピンと来ない内容である・・・。
ようは、『仏の法が広まった国は幾千里にもなり、楽しきことがたくさんある。』ということであろう…。

※2 所千代までおはしませ
『この所に住み給うものは、寿命長く、千代までおわしませ・・・』という祝いの詞。
『所』という言葉を使って、人を直接指さずに、場所を以ってそれを言い表した言葉である・・・。

※3 我等も千穐さむらはう
『祝言を申し上げる我々も千秋の長寿を保って、何時までも君に御仕え致し申しましょう・・・。』との意。
※4 鶴と亀の齢にて
鶴亀は古来より長寿のものといわれている。それ故に『我々は鶴や亀の如く長寿であり、幸福も心の欲するままに仕合せを得ている』との意。
※5 鳴るは瀧の水 日は照るとも
平安末期(源平期)に流行った歌謡の一つ・・・。
梁塵秘抄の四句神歌に「瀧は多かれど、うれしやとぞ思ふ、鳴るは瀧の水、日は照るとも、たへてとうたへ」とあり、
また平家物語には、「うれしや水、鳴るは瀧の水、日は照るとも、絶えずとうたり」とある・・・。
※6 ありうとうとうとう
法華経五部書の『有百百百』を訛っていった詞で、前の瀧の水の『とうたり』の韻に合わせた拍子的な詞である。
※7 君の千歳を経ん事も 天つ少女の羽衣よ
『天つ少女の羽衣』とは、仏教で云う『天人劫』のこと。
『天人劫』とは、天人が百年毎に一度天降って、その柔らかな羽衣の袖で、四方四里の巖を撫でて、遂にはその巌までも磨り潰してしまうまでの時間を一劫と云う。そこから、永劫の時間をいうのである。
※8 總角やとんどや云々・・・
『催馬楽』の總角の曲に、
『總角や とうとう 尋ばかりや とうとう さかりて寝たれども まろびあひにけり とうとう かよりあひにけり とうとう』
とあるのに依っている。『とんどや』は『とうとう』と同じく、拍子詞である。
總角とは頭髪をあげまきに結う弱年の者をいい、『さかりて』は離れての意。即ち、卑俗な恋愛の歌である。
それをここは、翁と三番叟が離れていたけれど、諸共に祝福に参るという意味に用いている。
ちょうど舞台の上では千歳の舞が終わり、翁が面を着けて舞台中央に歩み寄るのを、三番叟も合わせて翁のもとに参ずるのである。そして互いに挨拶を交わして別れるのである。
※9 ちはやぶる 神のひこさの昔より 久しかれとぞ祝ひ
『ちはやぶる』は神の枕詞。『神のひこさ』とは神のみことの意。
即ち、神代の昔から久しかれと祝福しとの意。
※10 そよやりちや
拍子詞である。意味はない。
※11 萬歳樂
舞楽の曲名を以って祝福の意を表している。故事によって、鶴が萬歳楽を謡うと作りなしているのである。
※12 萬代の池の亀は
『池に住む萬代を経た亀は』の意。
※13 甲に三極を備へたり
『三極』とは天地人の三才を言う。故実に云うところの、禹王のときに出現したという文負える霊亀を思っての言葉。
※14 さくさくとして 朝の日の色を瓏じ
『さくさく』とは、『さらさらして』との意。
『瓏じ』とは、『映じ』の意かと思われる。
※15 玲々として
冷々の時を充てたのもあるのだが、この場合は玲々として見るほうがよいであろう。
『玲々』とは光明の意。
※16 ありはらや なぞの翁ども
次に来る詞句『あれはなぞの翁ども』と同意語だと思われる。
『ありはらや』は、『あれはや』と同意に用いたのであろうか。
『なぞの翁ども』は、『どういった老人どもであろうか』と、三番叟の方を見遣って云うのである。
※17 そよや
拍子詞である。意味はない。
※18 萬歳樂
祝祷の詞である。


とりあえず、以上が『神歌』の部分の解説となります。
些か難しくなってますが、書いている本人も半分わからないところもありますので、今後も詳しく説明ができるようになれば、ドンドンと書き足してまいります。
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